従業員が自分で見つけた「AIとの仕事の仕方」を、組織の知識に変えられるか
生成AIの活用が企業に広がるなか、仕事の現場では、これまでとは少し違う「知識」が生まれ始めています。
たとえば、
「この仕事では、最初にこの資料をAIに渡した方がうまくいく」
「一度に頼むより、この順番で質問した方が精度が上がる」
「ここまではAIに任せられるけれど、ここからは自分で確認する」
「このケースだけは、いつものプロンプトではうまくいかない」
といった工夫です。
会社から正式に教えられた方法ではありません。
一人ひとりが実際の仕事でAIを使い、試行錯誤するなかで見つけた「AIとの仕事の仕方」です。
CREDISTA™では現在、ここに一つの研究テーマがあると考えています。
AI時代には、従来とは異なる新しい「暗黙知」が、社内に生まれ始めているのではないか。
まだ仮説の段階ですが、これからの企業のAI活用を考えるうえで、重要なテーマになる可能性があります。
AIを使って成果を出しても、その方法を共有しない
このテーマを考えるきっかけになったのが、2026年8月14日にDIAMOND ハーバード・ビジネス・レビューに掲載された、
「なぜ従業員はAIによる業務改善を隠したがるのか――生産性向上を阻む負の力学」
という記事です。
記事では、仕事でAIを使いながら、自分で見つけた効果的な使い方を同僚や組織へ共有しない現象が取り上げられています。
紹介されているある医師は、勤務先で承認されたAIツールを日常的に利用し、自分なりのプロンプトテンプレートを作っていました。
同僚も同じAIツールを使っていましたが、その方法を共有してはいませんでした。
さらに記事では、4万8000人以上を対象とした世界的な調査で、57%が職場でAIを使っていることを隠していると回答したことも紹介されています。
ここでCREDISTA™が注目したのは、単に「AI利用を隠している」という問題だけではありません。
その人の中では、
試す → 失敗する → 工夫する → 自分なりの方法を見つける
という学習が起きていることです。
そして、その学習の結果が本人の中だけに残っている可能性があります。
同じAIを使っても、仕事の進め方は同じにならない
会社がChatGPTやClaude、Microsoft CopilotなどのAIを導入したとします。
全員が同じAIを使えるようになったとしても、仕事の進め方まで同じになるとは限りません。
ある人は文章作成に使う。
ある人は資料を読み込ませてから使う。
ある人はAIと何度も対話しながら条件を整理する。
ある人はAIの回答をそのまま使わず、必ず元資料へ戻って確認する。
さらに使い続けるうちに、
「この情報を先に渡した方がよい」
「この条件ではAIに任せない」
「この回答が出たら確認が必要」
「この順番なら短時間で終わる」
といった、その人独自の方法が形成されていく可能性があります。
これは単なる「プロンプト」の話ではありません。
情報の与え方、作業の順番、判断、確認、例外への対応まで含めた、小さな仕事の仕組みになっている場合があります。
これは、新しい「暗黙知」ではないか
企業には以前から「暗黙知」という問題があります。
経験豊富な人ほど、
「マニュアルには書いていないけれど、ここを見る」
「この場合だけは、いつもの手順を変える」
「数字は同じでも、この条件なら判断が違う」
といった知識を持っています。
ところがAIが仕事に入ってくると、もう一つの層が生まれるのではないでしょうか。
それが、
人が仕事をしながら身につけた「AIとの仕事の仕方」です。
何をAIに渡したのか。
どんな順番で進めたのか。
どこでAIの回答を疑ったのか。
何を人間が判断したのか。
どんな場合にはAIを使わなかったのか。
失敗したあと、何を変えたのか。
こうした情報が本人の中だけに残れば、会社からはほとんど見えません。
CREDISTA™では現在、こうした知識を「AI時代に生まれる新しい暗黙知」として捉えられないかという仮説を立てています。
これは現時点でCREDISTA™が研究上置いている仮説であり、一般化された学術的な定義ではありません。
会社が失っているのは「良いプロンプト」だけではない
この問題を、
「良いプロンプトを社内で共有すればよい」
と考えると、重要な部分を見落とすかもしれません。
本当に価値があるのは、完成したプロンプトだけとは限らないからです。
なぜ、その指示にたどり着いたのか。
最初は何がうまくいかなかったのか。
何をAIに渡したら結果が変わったのか。
どこで人間が修正したのか。
どんな条件では使えなかったのか。
使った時の違和感はなかったか。
そこには、その人がもともと持っていた業務経験や判断も含まれている可能性があります。
つまり会社にとって重要なのは、
「社員がAIを使っているか」を把握することだけではなく、「AIとどのように仕事をする方法を発見しているか」を学べるか
なのではないでしょうか。
ただし、「共有してください」では解決しない
ここには注意も必要です。
従業員がAIの使い方を共有しない理由を、
「社員が協力してくれない」
という問題にしてはいけません。
先ほどの記事では、
「生産性が上がったと知られたら仕事を増やされるのではないか」
「方法を文書化したら自分の仕事が削減されるのではないか」
「AIを使っていることで能力を疑われるのではないか」
といった懸念も紹介されています。
つまり、これはAIツールだけの問題ではありません。
社員が自分の試行錯誤や失敗、発見を安心して共有できる環境なのか。
共有することが本人にとっても価値のあることなのか。
組織への信頼や心理的安全性も関係します。
優れたAIシステムを導入しただけでは、解決できない問題です。
では、その「AI仕事術」をどうやって見つけるのか
ここからが、CREDISTA™でこれから確かめたいテーマです。
たとえば社員に、
「AIを何に使っていますか?」
と質問しただけでは、
「文章作成です」
「調べ物です」
「資料作成です」
という回答で終わってしまうかもしれません。
しかし、本当に知りたいのはその先です。
実際の仕事の中で、AIをどのように使い、どのような工夫や判断を重ねているのか。
そうした実際の仕事に沿った対話から、本人も明確には言語化していなかった知識を見つけられるのではないか。
CREDISTA™では現在、その可能性を研究しています。
現時点では、まだ「実証結果」ではありません
ここは明確にしておきたいと思います。
現時点でCREDISTA™が、
「AIとの対話によって、従業員のAI仕事術を取得できる」
「取得したものを組織知として再利用できる」
と実証したわけではありません。
今回、外部の研究・事例から確認できたのは、従業員が個人的にAIを試行錯誤し、独自のプロンプトやワークフローを形成しながら、それが組織へ共有されない現象が起こり得るということです。
そこからCREDISTA™では、
その中には、従来とは異なる新しい暗黙知が含まれているのではないか
という仮説を立てました。
ここまでが、現在地です。
AI導入の次に問われるのは、「組織として学習できるか」
これまで企業のAI活用では、
「どのAIを導入するか」
「社員にどう使ってもらうか」
「どんなプロンプトを教えるか」
といったことが中心になりがちでした。
しかし、現場でAI活用が進めば進むほど、別の問いが重要になってくるのではないでしょうか。
社員が仕事の中で発見したAI活用の知恵を、会社は学習できているか。
人が仕事を理解する。
AIを試す。
失敗する。
判断する。
修正する。
その過程から、新しい仕事の方法が生まれる。
そう考えると、AI時代に企業が蓄積すべきものは、プロンプト集だけではないのかもしれません。
CREDISTA™ Research|次に確かめたいこと
次の研究テーマはシンプルです。
従業員が日々の仕事の中で身につけたAI活用の工夫や判断を、本人の負担を大きく増やさずに見つけ、組織で再利用できる知識へ変えることはできるのか。
そして、もう一つ。
「何をしたか」だけではなく、「なぜ、そう判断したのか」まで残すことはできるのか。
CREDISTA™では、実際の仕事を対象に、小さな検証を重ねながら確かめていきます。
結果が出れば結果を。
うまくいかなければ、うまくいかなかったことも。
研究・実証の過程を、CREDISTA™ Researchとして公開していきます。
参考・出典
DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー
エリック・アニシッチ/ジェスリン・ブラウワーズ
「なぜ従業員はAIによる業務改善を隠したがるのか――生産性向上を阻む負の力学」
2026年8月14日
https://dhbr.diamond.jp/articles/-/14236
Harvard Business Review
Eric Anicich / Jeslyn Brouwers
「Why Employees Aren’t Transparent About Their AI Usage」
2026年6月10日
https://hbr.org/2026/06/why-employees-arent-transparent-about-their-ai-usage
Mizrak, F. / Karakaya, T.
「Why Hide AI Use? Psychological Configurations and Explainable Machine Learning Evidence from Marketing Work」
Behavioral Sciences, 2026
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/42352828/